ヤシン渓谷ガイド:行き方・天気・ダルコット | Go With Guide
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ヤシン渓谷旅行ガイド:ギルギットからの道、月別の天気、ダルコットへの道のり

ギルギットからヤシンへの行き方、立ち寄りたい村、月ごとの天気、そして1870年に探検家ジョージ・ヘイワードが殺害されたダルコットまで北へ向かうドライブを紹介します。

秋のヤシン渓谷サンディ村の空撮。黄金色のポプラと畑、網状に流れるヤシン川、背後に雪をいただくヒンドゥークシュの山々。パキスタン、ギルギット・バルティスタン

ヤシン渓谷は、ギルギット・バルティスタン州グピス・ヤシン県にあるヒンドゥークシュの谷で、グピスからヤシン川に沿って北へ延びています。ヤシンの町はギルギットから道路で約130 km、ガクーチとグピスを経由して車で4〜5時間、標高はおよそ2,360 mです。谷の道はさらに40 km先のダルコットまで続き、ここがダルコット峠(4,703 m)の手前にある最後の村です。訪問のベストシーズンは5月から10月です。

ギルギットから西へ向かう旅行者の多くはパンダルやシャンドゥールを目指していて、ヤシンへの道が北へ分かれるグピスの橋を素通りしていきます。これはもったいない話です。ヤシンは、ギザル川のさらに上流にある湖の谷よりも広く、歴史が古く、人の暮らしの気配が濃い谷です。15世紀の城塞があり、高い峠を越えてチトラルやイシュコマンへ抜ける支谷がいくつも連なり、パキスタンで最も新しいニシャーネ・ハイダル勲章受章者の墓があり、そして「グレート・ゲーム」でもひときわ奇妙な事件の舞台でもあります。

その一方で、実際に旅の計画に使える情報はほとんど書かれていません。「ヤシン渓谷」で上位に出てくるページはせいぜい数百語で、載っている距離もばらばらです。そこで私たちは地図データで道路を実測し、標高モデルで高度を確認し、気候データから天気の表を作りました。情報源どうしが食い違う箇所は、そのまま明記しています。

ヤシン渓谷はどこにある?

ヤシンはヒンドゥークシュ山脈の中、ギルギット・バルティスタンの最西部にあります。ヤシン川はチトラルとの境界に近いダルコット氷河の下に源を発し、南へ約60 km流れてグピスでギザル川に合流します。2019年まではこの一帯すべてがギザル県に属していました。現在は新設のグピス・ヤシン県に入っていますが、地元の人も道路標識も、ほとんどのガイドも今なお「ギザル」と呼んでいます。

地元では谷を4つのユニオン・カウンシル(行政区)に分けています。位置関係をつかむにも、これがいちばんわかりやすい区分です。

  • ヤシン:谷の下流部とメインのバザールで、中心はトダス。ここで西側にナズバルの支谷が開けています。
  • スルタナバード:タウスを中心に、サンディとクルクルティの支谷を含みます。
  • トイ:ハルプを中心とする西の長い支流で、トイ峠を経てチトラルへ通じています。
  • シルガン:谷の上流部で、中心はフンドゥル。バルクルティ、ウマルシット、ダルコットを含みます。

この地域ではブルシャスキー語とコワール語が話されています。ヤシンのブルシャスキー語は独自の方言で、フンザのものとは話者が違いに気づくほど異なります。コワール語は、西の峠を越えたすぐ先にあるチトラルの言葉です。

ギルギットからヤシン渓谷への行き方

谷へ入る道は1本だけです。ギルギットからギルギット川沿いに西へ進み、ガクーチを過ぎてギザル川沿いにグピスへ向かいます。グピスの町の少し手前で橋が川を渡り、ヤシンへの道が北へ分かれます。そこからは緩やかに登りながらヤシンの町、タウス、バルクルティを抜け、フンドゥル、そしてダルコットへと続きます。

ギルギットから道路距離標高標準的な所要時間
グピス(ヤシン方面への分岐)約109 km2,170 m2.5〜3時間
ヤシンの町約131 km2,360 m3.5〜4.5時間
タウス約136 km2,400 m4〜5時間
フンドゥル約152 km2,490 m4.5〜5.5時間
ダルコット(道路の終点)約172 km2,680 m5.5〜7時間

距離はOpenStreetMap上で道路に沿って計測し、標高はSRTMの標高データによるものです。他のガイドでは「ヤシン」まで142〜148 kmとされていることがありますが、谷の上流の別々の村まで測っていると気づけば納得がいきます。所要時間は休憩込みの私たちの実感値です。ルート検索ソフトではヤシンまで3時間弱と出ますが、トラクターや土砂崩れの復旧工事、家畜と道を分け合う現実では、まず無理です。

グピスまでは舗装されていて、状態もまずまずです。橋から北は道幅が狭くなって傷みも目立ち、フンドゥルから先ダルコットまでは荒れた区間があります。乾いた夏の天候なら、普通車でもヤシンの町までは行けます。ダルコットへ行く場合や雨の後は、地元ドライバー付きの4WDを使ってください。

立ち寄りたいヤシン渓谷の村々

ヤシンは村と果樹園とポロ競技場の谷で、楽しみの大半は途中で車を停めることにあります。南から北へ、私たちがおすすめする場所を紹介します。

ヤシンの町とタウス

ノー、ヤシン、タウスの間に連なるバザールが谷の中心で、商店や簡素なホテルが数軒あり、燃料や携帯の電波を確保するならここが一番です。ドルカンド城とも呼ばれるヤシン城は、15世紀ごろシャー・フシュワクトの時代に築城が始まり、かつてはこの地域で最大の城でした。修復されないまま崩れつつありますが、自由に見て回れます。ギザルの他の城と合わせて、ギルギット・バルティスタンの城塞ガイドで紹介しています。

サンディとクルクルティ

タウスのすぐ北にあるサンディは、畑とポプラが広がる扇状地にあり、10月下旬には一面が金色に染まります。この記事のカバー写真もここで撮影されたものです。アスンバル峠(約4,400 m)はここから始まり、東のイシュコマン渓谷へ抜けます。バザールから30〜40分の支谷クルクルティは、マクリ草原まで約2時間歩くハイキングの起点で、谷の中でも手軽な日帰りハイクのひとつです。

トイ

トイ渓谷は西へ分かれ、タウスから道路で約20 kmのクノで標高2,700 mほどまで登ります。本谷よりも静かで、チトラルのヤルクン渓谷へ抜ける古いルート、トイ峠(約4,500 m)へ通じています。

ナズバル

ナズバルはヤシンの町の西に開けた谷で、タウスから道路で約8 kmです。下流部には森と夏の放牧地があります。谷の奥にあるナズバル峠(約4,970〜5,000 m)は、チトラルのマストゥージへ抜けています。パキスタン北部で氷河のない峠としては最も難しいもののひとつとよく言われるので、日帰りの散歩ではなく、ガイドを伴う本格的なトレッキングと考えてください。

パキスタン国旗が掲げられた庭園に立つ、ニシャーネ・ハイダル勲章受章者ラーラク・ジャーン軍曹の白い記念廟。ギルギット・バルティスタン、ヤシン渓谷フンドゥル村

フンドゥルとラーラク・ジャーン記念廟

フンドゥルは、パキスタン人旅行者の多くがヤシンを訪れる目的となっている村です。北部軽歩兵連隊のラーラク・ジャーン軍曹は1967年4月1日にヤシンで生まれ、1999年7月7日にカルギル紛争で戦死しました。パキスタン最高の軍事勲章であるニシャーネ・ハイダル勲章を授与され、その11人目にして最も新しい受章者です。彼はフンドゥルに葬られています。墓は国旗が翻る小さな記念庭園の中にあり、谷を上る家族連れがここで足を止めていきます。叙勲の全文はWikipediaのラーラク・ジャーンの記事(英語)で読めます。

ダルコット

ダルコットは道の終点です。ダルコット氷河の下、標高約2,680 mにある、畑と柳の村です。その上にあるダルコット峠を越えると、ワハーン回廊に近いチトラル上流のブロギル渓谷に出ます。Wikipediaでは峠の標高がある記事では4,703 m、別の記事では4,570 mとされています。標高データにより近いのは前者です。いずれにせよ氷河を越えるルートで、経験豊富なトレッカーが盛夏に限って挑む峠です。

ヤシン渓谷の最奥、ダルコット村の緑の畑とポプラの上に広がるダルコット氷河と氷河湖。パキスタン、ギルギット・バルティスタン

ヤシン渓谷の歴史をざっと

記録に残る歴史の大半を通じて、ヤシンが向いていたのは東のギルギットではなく、西のチトラルでした。ここはチトラル王家の分家であるフシュワクト朝が治めた小国の都で、ワルシグムとも呼ばれました。最も名高い君主ゴーハル・アマンは、19世紀半ばにギルギットの支配をめぐってシク教徒と、続いてカシミールのドーグラー勢力と戦いました。彼の死後の1863年、ドーグラー軍がヤシンに侵攻し、住民の多くを虐殺しました。

その7年後、ダルコットの名をイギリスの地図に刻むことになる殺害事件が起こります。パミール高原を目指していたイギリス人探検家ジョージ・ヘイワードは、1870年7月にヤシンを通過しました。1870年7月18日の朝、ダルコット近くで彼は捕らえられ、殺害されました。誰が命じたのかは今も議論が続いています。当時のヤシンの君主ミール・ワリーだとする説、チトラルの君主だとする説、そしてヘイワードの口を封じる理由があったカシミールのマハラジャだとする説があります。遺体はギルギットへ運ばれて埋葬され、その場所がのちに町の古いキリスト教徒墓地となりました。諸説はWikipediaのヘイワードの項目(英語)にまとめられています。イギリスは1895年にこの谷をギルギット管区に組み入れました。

ヤシン渓谷の月別の天気

ヤシンは標高が高く乾燥した大陸性の気候です。夏は日なたが暑く、夜は涼しくなります。冬は長く、12月から2月ごろまで谷底にも雪が積もり、夜は氷点下を大きく下回ります。谷には気象観測所がないため、下の表は私たちの推計です。ヤシンの町の10年分(2015〜2024年)の気候モデルデータを使い、パキスタン気象局のギルギット観測所の平年値で補正しました。

月日中(°C)夜間(°C)この時期の様子
1月1-11厳しい寒さで雪が残り、上流の道は閉ざされがち
2月5-8まだ冬のさなか
3月11-2雪解けが始まる。トゥフム・レズィ祭
4月162アンズと桜の花が咲く
5月204畑が緑になり、谷の奥まで道が開く
6月277暖かく日が長い。支谷めぐりに好適
7月3112最も暑い月。峠が開く
8月3011収穫が始まる。峠が開く
9月255晴天が安定し、人も少ない
10月17-2月末にポプラが金色に色づく
11月10-8秋の彩りの名残、夜は冷え込む
12月3-11本格的な冬に入る

ダルコットはヤシンの町より300 mほど高いので、気温は2〜3度低めに見てください。夏の雨は少ないものの、山の上で雷雨があると支流に鉄砲水が押し寄せることがあり、道路に最も大きな被害を与えるのはこの鉄砲水です。

ヤシン渓谷を訪れるベストシーズン

  • 3月上旬〜中旬:トゥフム・レズィ祭。名前は「種まき」の意味です。数百年の歴史があるとされる春の祭りで、耕作の行列、ポロ、馬の競技、踊りが繰り広げられます。夜は冷え込むうえ、日程は季節の進み具合で変わるので、現地で確認してください。
  • 4月と5月:花の季節。4月に果樹園の花が咲き、5月には畑が緑に変わります。谷の上流部はまだぬかるんでいることがあります。
  • 6月〜9月:歩く季節。支谷や峠が開くのはこの時期です。ダルコット、トイ、ナズバルへ安全に行けるのは7月と8月だけです。
  • 10月下旬〜11月上旬:紅葉の季節。谷底一面のポプラや柳が黄色や金色に色づき、サンディやノーを撮影するには最高の時期です。
ノー橋のそばを流れるターコイズ色のヤシン川と黄金色に色づいた秋のポプラ、背後に雪をかぶった山々。パキスタン、ギルギット・バルティスタンのヤシン渓谷

ヤシン渓谷の宿泊と旅の実用情報

ヤシンの宿泊施設は簡素です。バザール周辺とタウスに小さなホテルやゲストハウスが数軒あり、さらに奥ではホームステイになります。オンライン予約は期待しないでください。多くの旅行者はグピスやパンダルに拠点を置き、ヤシンへは長めの日帰りで訪れます。谷の下流部ならこれで十分です。ダルコットまで行きたい場合や、どこかを歩きたい場合は、谷の中で少なくとも1泊してください。

  • 携帯電波:ガクーチより先でまともにつながるのはSCOMだけで、それもグピスより北では途切れがちです。長時間オフラインになる前提でいてください。
  • お金:現金はギルギットかガクーチで用意してください。谷の中ではカードは使えません。
  • 燃料:グピスで満タンにしておきましょう。
  • 許可証:ヤシン自体に特別な許可証が必要だという話は聞きませんが、ギザル街道の検問所で求められることがあるので、パスポートとビザは携帯してください。ブロギルへ抜ける高い峠はアフガニスタン国境に近いため、越える計画を立てる前に最新の規則を確認してください。
  • マナー:保守的な土地柄です。肌の露出を控えた服装を心がけ、人、特に女性を撮影する前には必ず許可を取ってください。

ヤシン渓谷とギザルの他の見どころを組み合わせる

ヤシンは、ギルギットから西へ向かう旅にすんなり組み込めます。定番の組み合わせは、グピスから本道をさらに約55 km進んだ湖の谷、パンダルです。その道のりや湖、マスについてはパンダル渓谷旅行ガイドで紹介しています。4WDがあれば、グピス、ヤシン、パンダルを3泊で回れますし、そのままシャンドゥール高原まで足を延ばすこともできます。

私たちの6〜7日間のギザル渓谷ツアーは、パンダルとシャンドゥールへ向かう途中ですでにグピスに泊まるので、ヤシンの道をフンドゥルまで往復する1日や、ダルコットでの1泊を加えるのも簡単です。お問い合わせの際にお知らせください。この地域の公式情報としては、ギルギット・バルティスタン観光局のヤシンに関するページも一見の価値があります。

ヤシン渓谷についてよくある質問

ヤシン渓谷はどこにありますか?

ヤシン渓谷は、パキスタン北部ギルギット・バルティスタンの最西部、ヒンドゥークシュ山脈の中にあります。ヤシン川がギザル川に合流するグピスから、川に沿って北へ約60 km、チトラルとの境界の手前にあるダルコットまで続いています。行政上は、2019年にギザル県から分離して新設されたグピス・ヤシン県に属していますが、古いガイドや地元の人の多くは今も「ギザルにある」と説明します。谷には4つのユニオン・カウンシルがあり、ヤシン、タウスを中心とするスルタナバード、トイ、フンドゥルを中心とするシルガンです。主な支谷はトイ、ナズバル、クルクルティです。中心の町はおよそ北緯36.37度、東経73.34度、標高約2,360 mに位置しています。

ヤシン渓谷はギルギットからどのくらい離れていますか?

ヤシンの町はギルギットから道路で約131 kmで、これはOpenStreetMapで計測した値です。ルートはギルギット川とギザル川に沿って西へ進み、ガクーチを経てグピスまで約109 km、そこから橋を渡って北へさらに22 kmです。休憩を含めて3時間半〜4時間半を見ておいてください。他のガイドが142〜148 kmとしているのは、谷のさらに上流の村まで測っているためで、ギルギットからタウスまでは約136 km、フンドゥルまでは約152 km、道の終点ダルコットまでは約172 kmです。グピスまでは舗装路で、その先は道幅が狭く傷みも目立ちます。乾いた天候ならヤシンの町までは普通車でも行けますが、ダルコットへ行く場合や雨の後は4WDを使ってください。

ヤシン渓谷の天気はどんな感じですか?

ヤシンは標高が高く乾燥していて、夏は日中が暑く夜は涼しく、冬は長く寒い土地です。私たちの推計では、ヤシンの町(2,360 m)で最も暖かい7月は日中約31 °C、夜間約12 °Cです。1月の平均は日中約1 °C、夜間-11 °Cです。春は4月に訪れ、日中は約16 °Cまで上がり、果樹園の花が咲きます。10月も日中は17 °C前後と過ごしやすいものの、夜には初霜が降ります。谷に独自の観測所がないため、これらの数値は10年分の気候モデルデータをギルギット観測所のデータで補正したものです。300 m高いダルコットは2〜3度低くなります。夏の雨はまれですが、山の上の嵐で支流に鉄砲水が起こることがあります。

ヤシン渓谷は何で有名ですか?

パキスタンの人々にとってヤシンは、何よりもラーラク・ジャーン軍曹の故郷として知られています。彼はニシャーネ・ハイダル勲章の11人目にして最も新しい受章者で、1999年のカルギル紛争で戦死し、フンドゥルに眠っています。谷はまた、フシュワクト家の藩王国としての歴史、ヤシン城(ドルカンド城)、そして1870年にダルコット近くで起きた探検家ジョージ・ヘイワードの殺害事件でも知られています。旅行者のお目当ては風景です。10月下旬に金色に染まるポプラ並木の村々、4月のアンズの花、そしてチトラルやイシュコマンへ抜ける高い峠へ続く支谷。3月の春の種まき祭り、トゥフム・レズィではポロや馬の競技、音楽が楽しめます。フンザと違って観光客がごく少ないことも、ヤシンの大きな魅力です。

ヤシン渓谷を訪れても安全ですか?

はい、安全です。ヤシンとギザル回廊の他の地域は、パキスタンでも特に穏やかな土地で、旅行者はたいてい温かく迎えられます。本当に注意すべきなのは実務的なリスクです。グピスより先の道は狭く、嵐の後には土砂崩れや鉄砲水で寸断されることがあります。携帯の電波は途切れがちで、頼りになるのはSCOMだけです。まともな病院があるのは4〜5時間離れたギルギットです。道を知る地元のドライバーと一緒に移動し、日程には予備日を1日入れ、谷ではカード払いができないので現金を持参してください。ダルコット峠、トイ峠、ナズバル峠を越えるつもりなら、7月か8月に経験豊富なガイドと行き、出発前にブロギル側の許可証に関する最新の状況を確認してください。

写真:Samikhan86、Ghazala Shah、Shakeelgilgity、BaigNasirullah/Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

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